――小論文以外の指導はどのようにされたのでしょうか
入学試験で小論文に加えてグループディスカッションを課す大学として、大分大学、佐賀大学などがあります。
志望する生徒たちを集めて、初めは私が司会をして回しながら、ディスカッションする様子をビデオで撮影しました。そして動画を再生しながら「ここをこうしたらよかったね」など生徒がわかるように話しました。
受験本番でグループディスカッションに参加している受験生は誰でも不安になるもの。相手の意見を承認することが大事。
ですから「内容にこだわるよりも、コミュニケーションを」とか「全員が自分のことを見ながら話すようになる状態をめざそう」などの目標を設定しました。
たとえば「そうですよね、さっきの意見、素晴らしかったですよね」というコミュニケーションができる人こそ大学が求めている人材だから、そういうところを意識してみよう、と指導しました。
――大学ごとの合格ラインはどのように把握されたのですか
神戸星城高校で指導した2年間が大きかったと思います。
200人くらいの生徒を指導するなかで、大学ごとのと合格ライン、つまり「これなら合格できるだろう、これは無理だろう」ということを学べたのが一番役に立っています。
――生徒たちがやる気を出した、いちばんの理由は何だったのでしょうか
ホームルームで生涯賃金の話などをするなかで、「自分がちょっと無理だと思うところをチャレンジして行くことが、自信になるんじゃない?」という話とか。
あとは環境の大切さっていうところで「がんばって入った大学は、がんばった人が集まるところ。がんばったことがある子に囲まれれば、がんばりを応援してくれるもの。がんばりのないところはがんばりがない人が集まり、がんばろうとすると足を引っ張られることもあるかもしれない。どう4年間を使う?」って話をしました。
つまりそれは、
「自分で決めて、自分で責任をもつことが大切」
というメッセージです。
生徒の将来は、保護者が決めるべきでない、もちろん教員が決めるべきでもない。生徒自身が「自分の人生は自分で決める」というところを大切にしたいと思っています。
――そういう話を丁寧に何度もして、生徒たちの意識を高めていったということですね。その中で校長にご就任されました
進路指導に関しては、逆にやりにくくなりました。
学校全体のバランスを意識しなくてはいけない立場なので。
昨年は進学に関しては私が自由に発言して、就職は他の先生にお願いできていましたが、校長になったことによって「進学推しの学校」という印象が出てきてしまいました。
表現がなかなか難しいところですが、「進学させる学校」という印象が、必ずしもいいところばかりではないと思うのです。
生徒たちは校長室に将来のことを話しに来ることも多いのですが、私と話したら大学の話をされるのかと思われるのは邪魔なことです。
生徒は、未来に関する情報はいろんなところから得るべきですが、「進学ありき」だと「生徒が自分で決める」に影響してしまいますし、学校に変に気を遣わせることになりかねません。
――「4年制大学への進学」には本来どういう意味があるのでしょうか
生徒たちが「自信をつける」ということがとても大切だと考えています。
4年制大学、とくに難関大学といわれるところを突破することで大きな自信がつきます。
「難しい」と思っていたことも、誰かの力を借りて「やったらできるかも」と思えることが一番大事で、成功すれば次もやってみようという気になります。逆に「私なんてやっても無理だ」と、やらないであきらめ続ける生徒はチャレンジができなくなってきてしまいます。
部活動はやっていない、他のこともやっていない、そういう生徒も結構いて。何かひとつでもがんばってみたい、と手さえあげれば、合格発表のときに主役になれる、それが大学受験です。
本人が自分の将来を明るいものにするには、高校時代にひとつでもいいので無理だと思っていたことにチャレンジして、その多くが失敗だったとしても、たったひとつの成功が大学進学になり、自信になり、その先でいろんな経験をすることになる。そういうわかりやすさがありまます。
人は自己決定によって動くものです。
誰かに従って決めたことだと短期的ながんばりしかできない。辛くなったときに誰かのせいにしてしまう。「なぜやるのか」がわからなければがんばりは続きません。
就職か、進学か。
ただ進学の雰囲気だから進学しましたではなくて、違いやメリット・デメリットを自分で考える必要があります。
奨学金の苦しい話も、もちろんします。
大学に進学すれば助かる、ということはなくて、苦しむかもしれない。けれども大学の力って確かにあって、大学を活用して進む先に未来があるかもしれない・・・
・・・「で、どうする?」と。
もちろん大学が全てではありません。
生徒にとってのプロセスが重要で、大学に行けば何とかなると思っているのも不安があります。
たとえば指定校推薦だとがんばりきれない生徒が多い傾向があります。本人が何となく選んで「受かるんでしょ」「落ちないんでしょ」と構えてしまうのと、「人生の一大チャレンジ」としてがんばるのとでは、高校生活には大きな差がついてしまいます。
また志望先の大学についても、保護者から「少しでもいいところに行っておきなさい」という選び方をすると、うまくいかないこともあります。
生徒たちに選択肢を提示したからこそ、しっかり応援できる自分でありたいと思っています。
それができなかったことが、前任校までの悔いでもあります。
(2021年8月取材/「#03_主要5教科よりも経験値重視。商業高校にある可能性を引き出し、新しい教育の場を創造したい」に続く)