日本社会事業大学

主体的な学びを通して
幅広い専門性を発揮できる
ソーシャルワーカーをめざしてほしい_前編

ダイバーシティの実現に向けた取り組みが進むなか、社会福祉分野の大学教育はどうなっているのか。
ハンガリー出身で、2022年度より日本社会事業大学の教壇に立つヴィラーグ ヴィクトル先生にお話しを伺いました。
日本社会事業大学は、1946年に厚生労働省の委託を受けて設立された福祉の専門大学であり、私立大学ながら国公立大学と同程度の学費で学べることでも知られています。
前編では、大学での授業の方針と、多文化ソーシャルワークの課題について聞きました。

 

国家試験への対応以上に
「主体的な学び」を学生に求める理由

――大学の社会福祉系のカリキュラムは、国家試験の受験資格に力点を置いたものが多いようです。先生の授業の方針はいかがですか?

私のゼミでは、学生の主体性を重視しています。
3年次は「自分がやりたいテーマの研究をしましょう」ということで、研究の方法や調査の仕方を教え、早速、自分のテーマに応用して研究を進めるよう指導しています。

もちろん社会福祉士国家試験の合格をめざす予備校や専門学校のような教育も必要です。

しかし、本学の学生は、それぞれが本学を選んだ時点で福祉の基礎的なことをわかっている人が多く、また独学できる力もあります。
そのおかげもあって、授業では国家試験の先にある最新のトピックを扱ったり、マイナー領域、マニアックな領域まで踏み込めます。
本学には、そこにしっかりついてくる学生が集まっています。

――学生の主体性を重視する教育の狙いを教えてください。

主体性こそがソーシャルワークの専門性の一部なのです。
自分で社会問題などの掘り下げたい問題を見つけて、その解決策を自分なりに考えることが重要です。

ソーシャルワークは「ソーシャル」ですから、社会が変化すればソーシャルワークも変わらないといけません。新しい社会問題など、さまざまなところに対応していく必要があります。

――国家試験に合格して就職できればいい、ということではない、ということですね。

もはや全くそうではない、と私は思っています。
卒業後について学生の相談に乗るときには「国家資格を取得していれば転職もしやすいから、最初の就職では神経質に悩みすぎないように。まずは現場に入って2〜3年体験して、また先を考えてもいい」とアドバイスしています。

日本の場合、ソーシャルワーカーは学部レベル相当の資格「社会福祉士」で4年制大学卒という想定が一般的ですが、仕事としてはそれなりに複雑です。
現場によっては4年間学んでいきなり就職しても、なかなか対応し切れない部分もあります。
そのためにも、他の現場でさまざまな実践経験を1〜2年間積んでから、自分が望む分野に進むことを勧めています。

例として挙げられるのは、社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーカーです。地域福祉については本学の福祉計画学科の学生たちも関心を示しています。

コミュニティソーシャルワークは「地域の絆をどうやってつくっていくか」という大きな課題に取り組むこともあり、非常に期待される分野ですが、個別援助の経験がないところでは、地域社会などのメゾ・マクロレベルの援助(*1)は難しい部分もあるのです。
最初は個別援助の現場に就職して、そこで対人援助などの実践経験を積んだのちに、社会福祉協議会などの地域福祉の現場でコミュニティソーシャルワーカーになった方が力を発揮できます。

別の例としては、スクールソーシャルワークがあります。高校生にとっては身近な存在で人気がありますが、いきなり就職するのはあまり勧めていません。

スクールソーシャルワーカーは、教育の現場で一人で福祉の専門性を発揮することが求められます。医療ソーシャルワーカーも同様で、やはり医療の現場で福祉の専門性を発揮しないといけません。
他の専門職の価値観に対して自分の視点を強調しないといけないところもあるので、いきなりだと難しいのです。

そういった現場ではソーシャルワークのなかでも幅広い専門性が求められるところで、その専門性とは「社会的な側面から個人の問題を見る力」と「社会的な側面から個人の問題を解決しようとする力」です。
そのため、他の幅広い専門職の間の接着剤のような動きも必要となり、いろいろな関係者と連絡や調整、コーディネーションをしないといけないので、高い専門性が必要となります。

*1)メゾ・マクロレベルの援助:ソーシャルワークの概念として、ミクロが「対人援助、相談」、メゾは「地域活動」、マクロは「政策提言や社会活動」を指す。

――その点でも主体性が重要ということだと思うのですが、学生たちはいかがですか。

ゼミ発表、卒業研究やソーシャルワーク実習の報告会などを聞くたびに、やはり感動しますね。
本学の学生は社会的な問題に関心が高く、見る目も鋭いです。また自分自身の関心を通して、気づき、違和感を感じる社会問題について掘り下げる力もあります。
学力も含めて粘り強さも感じます。真面目に丁寧に調べて、研究を進めています。

 

日本でも多様性を踏まえた
ソーシャルワークが求められる時代に

――先生のご専門を教えてください。

文化の多様性に対応するソーシャルワーク、国際社会福祉などですが、とくに「多様性」がキーワードになっています。
たとえば在日外国人であれば、人種だったり、文化・民族の多様性で、LGBTQ+の方々であれば、性のあり方、性的指向だったり、性自認(すなわち、性的アイデンティティ)、またジェンダー表現などの多様性です。

このようにマイノリティ的な立場にいる方々については、社会的な関心も最近ようやく高まり、さまざまなニーズが満たされつつあります。
ただし、福祉を含むさまざまな社会サービスは、このような方々の特有のニーズを配慮して設計されていない部分もあるのです。

これらの点は、今後の多様性時代に合わせて現場レベルでも設計し直していく必要がありますし、また、国の法律などの大きいレベルの制度も根本的に変わらないといけない部分もあります。それに対して、共生社会の視点で現場のニーズを基に政策提言していく力がソーシャルワーカーには必要なのです。

これからの日本社会は、性にしても文化にしてもますます多様化していくわけですから、たとえば「女性を好きになる男性」とか「男性を好きになる女性」とか、「日本国籍者」特に「日本語を話す日本文化に馴染んでいる日本人」を想定したサービスや支援方法では、今後の時代は通用しないでしょう。

マイノリティの方々は残念ながら、社会の中で構造的にはやや不利な立場に置かれているわけですから、実は人口比率よりもさまざまな生活課題や社会問題などを抱える確率も高いのです。つまり、本来であればソーシャルワーカーのお客さんとしては人口比率よりも多いはずですが、実はむしろ少なくなりがちなのです。

それは実際のところ、福祉サービスからある程度排除されているわけです。

直接的には、たとえば在日外国人は国籍や在留資格の種類などによっては使えない、使いにくいサービスもあります。LGBTQ+の方々についてもパートナーシップ制度などができていますが、婚姻と同じような価値がない制度やサービスもありますので、そういう直接的な制度から排除されている現状があります。

間接的なことをいえば、制度上は使えるかもしれませんが、使うためには自分で申請しないと利用に至らないという「日本の申請主義」のような部分も多いのです。福祉というのは生活全般に関わる専門分野で、入所施設の場合であれば24時間過ごすわけですから、そこで自分の価値観や宗教、文化、自分の性の在り方などを尊重してもらえないと、結局はサービスを利用しようと思いにくいでしょう。
そうするとますます排除されていくわけです。

 

多様性とは、生活文化や価値観を
社会全体で認めることで成り立つもの

――アイヌ民族が抱える生活課題や社会問題についても研究されています。

2019年に新しいアイヌ施策推進法が施行されましたが、賛否両論があってなかなか難しいですね。当事者も、弁護士会もさまざまな見解を出しています。

というのも「国際条約で保障しましょう」という先住民族の権利について、重視されるべき事項である、当事者のことを当事者が決める民族としての自己決定権と、先住地を管理する権利が十分に保障されているとはいえないのです。

法律との関連もあって、2020年に国の施設として、北海道南西部の白老にウポポイといういわゆる「民族共生象徴空間」がオープンしました。実質的には、アイヌ文化のテーマパークのようなところです。
そこでは多くの当事者の方が働いていて確かに雇用にはつながっていますが、敷地はあくまでも国の土地でさまざまな制約があり、自己決定権は保障がされていない不十分な点もあります。

――アイヌ民族については「ゴールデンカムイ」というマンガ作品で、若い世代にも認知が広がりました。先生はどのような関心からアイヌ民族に注目したのですか?

私は読んでいないのですが、当事者の方々から、それをきっかけに「自分の文化に誇りを持てた」「先住民族に関する法律に注目が集まるようになった」などの感想を聞いています。

マンガという現代的なジャンルでアイヌという先住民族の言語、文化、価値観など、具体的には日常と精神世界が表現されたことは、とても重要なことです。
アイヌのように、少数民族の文化とは「宗教的な価値観も含めて日常の生活まで浸透したままでよい」「自分のルーツを、誇りを持って自分でも表現できる」ということが社会全体のなかで認められる状況でないと、存続することが難しいのです。

アイヌ民族に注目した背景には、在日外国人に関するソーシャルワークや福祉を研究したかったところに、これまでご指導いただいてきた先生方から「今後日本に必要な研究だからぜひやりなさい」と助言をいただいたことがありました。

しかし、いわゆるニューカマー外国人(*2)だけではなくて、歴史的に見ると、日本にはずっと昔から在日韓国人の方もいますし、またそれ以前から北海道では日本人よりも前からアイヌ民族が住んでいます。
多文化であれば、アイヌ民族の存在も認めて日本の多文化ソーシャルワークを拓いていく必要があると考えたわけです。

この分野の研究は、2014年の「ソーシャルワーク専門職のグローバル定義」に地域・民族固有の知、特に先住民族の知について明記されたこともあり、最近では関心が高まりつつあります。研究者も少しずつ増え、小さな研究会や組織がつくられはじめています。

*2)ニューカマー外国人:1980年代以降に急増し、定住した外国人のこと。特に、1990年に施行された出入国管理及び難民認定法の改正以来急増した南米からの日系人を指す場合もある。それに対し、オールドカマーとは第2次大戦前から日本に在留する朝鮮半島または台湾出身者とその子孫のこと。

――今日本では、ダイバーシティなど、多様化の重要性が指摘されるなかで、今日の社会福祉の課題・問題全体から考えると、もっと注目されてもいいと思います。なぜ日本では関心が低いのでしょうか。

 

(後編:ソーシャルワーカーの仕事は、利用者の生きがいを一緒に見つけていく「社会正義のために戦う仕事」に続く)

日本社会事業大学
社会福祉学部 福祉計画学科
准教授 ヴィラーグ ヴィクトル
ハンガリー出身。2002年に初来日し、2008年東京大学文学部社会学専修課程卒業後、日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科博士前期及び後期課程を修了。修士(社会福祉学)、博士(社会福祉学)。専門は文化の多様性に関するソーシャルワーク、国際社会福祉、グローカルソーシャルワーク、グローバルソーシャルワーク教育など。

日本社会事業大学
1946年、日本で最初の福祉専門大学として設立。
各学年で少人数制クラスの科目を配置し、実習においても個別教育を重視し、厚生労働省の委託校として福祉のリーダーの養成をめざす。
卒業生の進路は、約9割が社会福祉分野へ就職、または進学する。就職者30.5%が公務員で、福祉職、行政職、保育職など、幅広い分野に進出している。(2022年度)

入学定員(2024年度)
社会福祉学部
福祉計画学科:55名
福祉援助学科:105名
https://www.jcsw.ac.jp/
日本社会事業大学
社会福祉学部 福祉計画学科
准教授 ヴィラーグ ヴィクトル
ハンガリー出身。2002年に初来日し、2008年東京大学文学部社会学専修課程卒業後、日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科博士前期及び後期課程を修了。修士(社会福祉学)、博士(社会福祉学)。専門は文化の多様性に関するソーシャルワーク、国際社会福祉、グローカルソーシャルワーク、グローバルソーシャルワーク教育など。

日本社会事業大学
1946年、日本で最初の福祉専門大学として設立。
各学年で少人数制クラスの科目を配置し、実習においても個別教育を重視し、厚生労働省の委託校として福祉のリーダーの養成をめざす。
卒業生の進路は、約9割が社会福祉分野へ就職、または進学する。就職者30.5%が公務員で、福祉職、行政職、保育職など、幅広い分野に進出している。(2022年度)

入学定員(2024年度)
社会福祉学部
福祉計画学科:55名
福祉援助学科:105名
https://www.jcsw.ac.jp/

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