ーー生徒にとってのロールモデルについてお伺いします。経済界からは「ロールモデルを発信しても届いていない」という声も聞かれます。
十九浦●ロールモデルありき、ではなく、生徒自身がその人と直接会って、触れ合うことが大切だと思います。話を直接聞いて「ああ、この人すごい」と実感したあとで、「この人はどんな人生を生きてきたんだろう」、そして「あれ、今の私と変わらない?」と考えられると「私もこうなれるかもしれない」と思えるのではないでしょうか。
先ほどお話ししたT-STEAMのプログラムもそうなのですが、最初に必要なのは、楽しみとかワクワクだと思うのです。それを体験したあとで「その人のことが知りたい」となって、すんなり入ってくる。あるいは、こういう人になってみたいと思える。
本校では、クラブ活動がすでにその機会となっています。先にその人の魅力を知ってあの先輩は「実は勉強がとてもできる」「クラブ以外の別のことにも挑戦している」と聞くと「私もそうなりたい」と思えますから。
ーー学校が、生徒のそういった機会や時間を確保していくことがとても重要、ということですね。
●その準備が実はすごく大変で、困っているところです。これからの教育の課題なんだろうと思います。
本校ではいろんな企業や大学と連携していますし、T-STEAM:Proなどでも近隣他校と交流するので、生徒は刺激を得るチャンスがたくさんありますが、やっぱり「自分が好きなものに挑戦できる」という経験でないと意味がないのです。
学校全体のプログラムとして「さあ、これやりましょう」とやっても、「私は嫌」という生徒もいます。ですから理想的には、複数のプログラムが並列で動いている状態がいちばん望ましい。皆同じ、ではなく、いろいろなものを選べるチャンスをこちらがどれだけ与えられるのかが、これからの学校の大切な役割だと思います。
ーーいろいろなプログラムの内容はどのようなことを意識して作られているのでしょうか。
●たとえば、モノづくりは、競技やコンテストなどの形式が入ると、より楽しさが増します。それが簡単に突破できるものだと「できちゃった」で終わってしまいます。
本校のT-STEAMでは、ギリギリまでがんばって、突破できる・できない、のレギュレーションをつくるところが我々教員のいちばん力を入れるところ、ですね。
そして、生徒にどこまでどう負荷をかけるかを前提として、生徒自身が楽しめることを大切にしています。
本校では普通の授業の改革もその方向で進んでいます。
ーープログラムや授業の、見直しや改善を積極的に推進されている印象です。
●改革の機運は本校ではもう数年前からありました。2018年に文部科学省の『スーパーサイエンスハイスクール(SSH)』に指定されたことも、さまざまな見直しが進む機会となりました。それ以前は、課題探究を中心とする様々なプログラムは希望者が課外の時間に取り組んでいましたが、「取り組みたいけれども時間がなくて挑戦できなかった」という意見が多いことが2017年のアンケート調査からわかりました。そこで、授業時間のなかで課題探究が取り組めるように、SSHの仕組みを利用して高校1・2年生は全員が取り組めるようにしていきました。
今、学校教育が変化している時代に入ってきています。
ですから、そのどんな変化にも対応できる生徒の育成こそ急務だと感じています。
そこで大切にしたいのは、変化に対応できる「基礎の部分」です。
これが先ほどお話しした「勉強」というところにつながって、
だから「あたりまえのことを、あたりまえに。普通にやりましょう」と。
ここが身についていないと、時代の変革に対応できません。
世の中には要求や課題に対して、本題に到達することすらできないこともたくさんあります。
それが今、本校では「あたりまえのことを、あたりまえにやることで基礎となる土台ができる」という文化が形成され、
新たな挑戦ができる状態になってきていると思います。
ーー貴校からはまだまだ目が離せません。「新たな挑戦」について教えてください。
●クロスカリキュラムです。まだまだこれからの取り組みですが、たとえば英語の先生が授業のなかで科学の実験をして、科学の先生がそれを手伝う、そういうイメージです。本校では教科横断の授業はかなり行っていますが、「こういうのも可能だよね」という先生同士の会話はかなり増え、実践がはじまっているところです。
萩原●英語科では、サイエンス系の授業とのクロスだと、英語で書かれた先行研究を読む、というのはすでにやっています。また、単元によって「物理に関わっているね」というところだと、物理科の教員と「こういう実験ができるかもしれない」という相談をしています。
●このような教員同士のコミュニケーションはクロスカリキュラムだけでなく、普段の授業でも大切になります。いろいろなアイデアを出して、いろんなことに生徒が挑戦して、生徒がどんな顔をするのか、それを見ることが重要だと思うのです。このように教員が挑戦するときは、生徒はワクワクしています。
本校は進学校として取り上げられますが、めざしているのは、得点力をつける授業ではなくて学力をつける授業です。解き方を教える授業だったら、今ではいろいろな動画がYouTubeにアップされていますから。
私たち教員は、日々やっている自己研鑽や授業に対する準備を通して、生徒を成長させるために何をすべきかを意識しています。
ーー「理系の進学率が高いことに特別な仕掛けがあるわけではない」とされる意味がよくわかりました。本日はありがとうございました。
●以前だと進学校として勉強に縛られる部分もあったのですが、最近は探究活動が重視されるようになってきたこともあり、いろいろなことに自由に挑戦できる雰囲気が学校全体に出てきているように感じます。
学校も教員もまだまだ発展途中。もっと成長していきたいです。
(2022年5月末取材)