学生の多様化に対応して
工学基礎教育を大改革
日本工業大学は、1967年、工業高校の課程を学んだ生徒が推薦で進学できる工学系単科大学として設立されました。入学時から本格的に実験・実習・製図科目を履修し、技術社会の現場で即戦力として活躍できる「実工学教育」を特色としています。レベルの高い実習教育で鍛えられた学生の社会での評価は極めて高く、毎年高い就職率を誇ってしています。
しかし、創立から50年以上が経過するうちに、一般入試での合格者や普通科高校出身者も多数入学するようになり、学生の顔ぶれが多様化してきました。
入学者の多様化に伴う志望の変化と科学技術の高度化・複雑化に対応するために、2018年に学部・学科を改組しました。これまでの工学部1学部7学科を基幹工学部、先進工学部、建築学部の3学部6学科体制に再編、基幹工学部にはこれまで本学になかった化学系の応用化学科を、先進工学部にはAIやロボット技術などの先駆的分野を学ぶロボティクス学科を新設し、理工系総合大学として新たなスタートを切りました。
同時に、これまで工業高校生用、普通科高校生用の2つの導入プログラムによる教育を行っていた工学基礎教育の大改革に着手しました。入学直後にプレースメントテストを行い、学生一人ひとりの学力を把握し、数学・物理・英語といった工学を学ぶ上で不可欠な科目については習熟度別にクラスを編成しました。それぞれの学力に応じた目標を設定、ステップアップしながら着実に基礎学力が身につくようにしたのです。工業科・普通科いずれの出身に関わらず、教育の質を保証するために必要と考えたレベルの科目を必修化するとともに、レベル順に下位科目の修得を条件とする「履修縛り」を設けました。学生にとっては、わかるまで繰り返し学べるが、超えなければ次に進めないハードルを設けたのです。
また、2学年秋学期から本格的に始まる専門科目に対応できるよう、これらの基礎科目には「クォーター制」を導入しました。その一方で、学修支援センターでさまざまな相談に応じ、適切な指導を行うチューターを相当数配置するなどセーフティネットも充実させ、わかるまで徹底的に教えるという覚悟を全教職員に共有してもらいました。
専門力を社会に生かす経験を積み
人間中心の技術を生み出す
「実工学」を基本理念として本学が行ってきた教育は、日本の工業社会のなかでは非常に有用とされ、高い評価を得てきました。しかし、社会が多様化し、科学技術もグローバル化が進み、飛躍的に高度化し、これからの技術者にはモノづくり技術の付加価値が求められるようになっています。
このような社会の要請の変化に呼応するため、本学では今春から「建学の精神」を発展的に改定しました。伝統である「実工学」の理念に基づき、確かな「専門力」に加えて、豊かな「人間性」を備え、社会の発展に貢献できる次世代の科学技術を創造できる実践的技術者の育成を教育目標としたのです。
来春から次の10年に向けた中期計画がスタートします。計画策定に当たっては、本学の校風でもある「仲間と一緒に“つくる”ことに夢中になれる」「手を動かしてアイデアを“カタチ”にできる」という特色をより強調していくことを心がけました。ただ、“カタチ”といっても、これまでのような具体的な「モノ」に限らず、サービスも含めた広い意味での価値を創造していこうという考えです。これは人に寄り添い、人に幸福をもたらすモノや価値を創造するという「デザイン思考」にもつながります。
人に寄り添える技術者となるためには、在学中に学んだことを社会で生かすための経験を積むことが重要です。それをサポートする場として、「人と暮らしの支援工学センター」を立ち上げました。ここでは、安全教育も踏まえ、高齢化社会を多職種で支援するヒューマンケア活動、ハンディキャップを持った人を支援するためのソフトやリハビリ器具の開発など多彩な取り組みを推進しています。
人間中心の技術を考えるには、人の痛みや苦悩を共有できる人間性が欠かせないため、「暮らしの支援とエンジニアの協働」「地域活動リテラシー」という2科目を開講する予定です。この2科目を全学部・学科の学生が履修することで、専門性とともに、社会の課題解決に技術を活かす意識を早くから学生に植え付けたいと思っています。
こうして「専門力を社会に生かす経験」のための体制を強化し、「学生を成長させる力のある大学」という本学の価値をさらに高めていきたいという抱負を持っています。
毎日新聞編集委員 中根正義氏取材。『I→technology(アイテクノロジー)』01号より転載。