最近、身の回りで「プラズマ」という文字を目にする機会が増えました。そもそもプラズマとは、固体でも液体でも気体でもない第4の物質の状態のこと。大きく2つに分けると、“熱いもの”と“熱くないもの”とがあり、前者は金属の溶接や切断などに、後者は空気を清浄する家電などに応用されています。さらに、近年はプラズマ照射によるがん治療や創傷治癒など医療への応用も期待され、世界中で研究が盛んに。しかし、未だそのメカニズムは未解明のままで本格的な実用化にはいたっていません。そんな大きな可能性を秘めたプラズマの研究を一歩前進させたのが、西日本工業大学工学部総合システム工学科川崎敏之教授の研究結果です。キーワードは“可視化”。未来を変えるかもしれないプラズマの研究の今を追いかけます。
がん治療や傷の治癒にも有効性のあるプラズマ
プラズマは、基本的に高電圧による放電現象を用いて発生させます。プラズマ発生装置内に、アルゴンやヘリウム、窒素といったガスを供給。電圧やガスの組み合わせによりプラズマの化学的な性質は異なります。このように発生させたプラズマは、“熱いもの”と“熱くないもの”と2つタイプがあり、私たちが扱うのは熱くないプラズマ=低温プラズマです。プラズマには、プラスチックや金属などの固体材料に照射すると、物質と反応して相手の質を変化させるという性質があります。しかも、人体へ直接照射することも可能です。近年、プラズマ照射による微生物の殺菌のほか、がんの治療や創傷治癒などへの有効性から医療応用に関する研究が世界中で進展。しかし、それらが作用するメカニズムについては十分に解明されていないのが現状です。本格的に医療分野への応用を推し進めていくには、メカニズムの解明が急がれます。
そもそも、プラズマを体に照射するとどんなことが起きるのでしょうか? プラズマが体に当たると活性種(化学反応を引き起こす粒子)が供給され、化学反応が起き、生体反応として応答して治癒すると考えられます。このような有効性は確認されているものの、ターゲットに適した照射量や時間などはわかっていませんでした。単に長く照射すれば良いというわけではなく、“ほどよい当て方”が、わかっていなかったのです。しかし、私たちが世界で初めて、化学反応を可視化するゲル状試薬を用いたプラズマ照射による化学反応の可視化に成功。体の表面だけではなく、内部の化学反応の範囲や強弱を見ることができるようになりました。
医療、農業への応用が期待されるプラズマの未来
このゲル状試薬を使った実験は、ゲル状試薬の上に人間の体に似せて作った模擬生体をのせ、上からプラズマを照射すると、活性種が模擬生体を通過し、ゲル状試薬が反応する(=色が付く)というもの。ガラス管からプラズマが照射されると、強く当たる中心部は濃く、その周辺は連鎖的に円状に色が広がります。これにより、ターゲットのどこに活性種が運ばれるのかが明らかになりました。プラズマの化学反応の可視化により、治療効果のメカニズム解明における研究に大きく貢献したと思います。現在では、プラズマの照射条件によって、模擬生体の中や液体中のどこに活性種を届けるのか、コントロールが少しずつ可能になりました。医療に応用する上で、プラズマを広く面で当てたり、限定的に点で当てたり…という細かな調整が可能になれば、応用の幅は一層広がっていくでしょう。
さらに、私の研究室ではプラズマ医療に加え、プラズマ農業の研究も行っています。野菜の種子にプラズマを照射することで成長を促進し、より早く、たくさんの収穫が可能に。プラズマの効果により、痩せた土地でも作物が育ちやすい種子になると考えています。日本の低い食糧自給率、そして世界の人口増加による食糧不足が懸念される中、プラズマ研究の農業への応用にも期待が高まっています。
しかし、プラズマの性質はまだ十分に解明されてはいません。だからこそ新規性が高く、“世界初”など研究者としてのやりがいも大きい分野です。教員である私もまだまだわからないことばかり。これからも学生とともに、プラズマ研究の未来を切り開くべく、貪欲に研究を続けていきます。
COLUMN
学部生11名、大学院生2名の全13名が所属する川崎研究室。コロナ禍で食事会などの開催が難しい時期には、親睦を深めるためにメンバーで登山を敢行。川崎研究室では、研究を一緒に行う上で、何気ないことでも気軽に話せる関係性を大切にしています。
『I→technology(アイテクノロジー)』03号より転載。